はじめに
こんにちは、Insight Edgeコンサルタント兼デザインストラテジストの楠です。私は普段、事業会社のさまざまな立場の方と会話させていただき、デジタル・AI活用のプロジェクト企画やそれによる業務変革のご支援をしています。
その中で、私自身が感じており、実際によくお伺いする課題として「研修での知識習得やワークショップでのアイデア発想」と「実業務へのAI活用のギャップ」があると思っています。例えば以下のようなものです。
「全社に向けて生成AIの研修を実施し、環境も整えた。しかし数ヶ月後、現場での日常的な活用が思いのほか進んでいない……」
目まぐるしく技術が進展し、常に新たなリリースが行われる昨今、日々手探りで最善の施策を打たれているAI活用推進事務局の皆様や、現場で変革をリードするマネジメント層・メンバー層の方々にとって、この「研修後の死の谷」は非常に悩ましい課題ではないでしょうか。
本稿では、この定着のハードルが発生する構造的な背景を紐解き、私たちInsight Edgeが現場の熱量を下げずに実務定着へ確実に繋げるために、過去実際に実践したアプローチをご紹介します。 読者としては主にAI活用推進事務局の皆様を想定していますが、AI活用の課題を感じている方にもぜひ読んでいただきたいです。
- はじめに
- 「事務局」「マネジメント」「現場」の三者の思いとリアルのズレ
- 調査データから考える、実務定着を阻む3つのハードル
- Insight Edge流:研修を「実践と共創の場」に変える3つのアプローチ
- おわりに:AI定着は「ツール導入」ではなく「業務のアップデート」
- 関連記事
Disclaimer
- 本稿の内容は私のこれまでの経験を基に考えた内容をまとめたものであり、特定の個人・組織を意図したものではありません。
- 本稿では、AI≒生成AIとして両者を特に区別せず記載します。
「事務局」「マネジメント」「現場」の三者の思いとリアルのズレ
現場でのAI活用が思うように進まないのは、決して現場メンバーのモチベーションが低いからでも、事務局の研修企画が悪かったからでもありません。それぞれの立場で真剣に取り組んでいるからこそ生じる、三者間の構造的な“思いとリアルのズレ”が背景にあると考えています。
- 事務局の思い(人事・IT・DX部門): 最新のAIツール環境を安全に提供し、研修を通じて全社のリテラシーとスキルを底上げしたい。実際の業務活用については各現場メンバーで自律的に推進してほしい。
- マネジメントの思い(事業部長・本部長層): スキルアップはあくまで足掛かりであり、業務効率化や新規価値創出といった具体的な「事業成果」を生み出してほしい。
- 現場のリアル(営業などの実務担当者): まずは最新の事例や知見を知りたい。研修は有意義だが、翌日からはまた忙しい日常業務。汎用的なAIの知識を「今日の自分のこの業務」にどう当てはめればいいか、じっくり考える時間的・心理的余裕がない。
このズレがあるために、誰もがAI活用に前向きであったとしても、単にセミナーやアイデア出しのワークショップを実施するだけでは、実業務の変革や事業成果の創出にはハードルが残ってしまうのです。

調査データから考える、実務定着を阻む3つのハードル
こうした「研修と実務のギャップ」について、近年の生成AIに関する調査レポートを見つつ、もう少し考えてみたいと思います。
一例として、マッキンゼーのAIに関するレポート(2025年8月)によると、2025年3月時点で78%以上の企業が少なくとも1つのビジネス機能で生成AIを活用している一方、80%を超える企業が生成AIの取り組みによる利益の実質的な向上を実感できておらず、最終的な利益や実務の抜本的な変革にはつながっていないとのことです。同社ではこれを「生成AIのパラドックス」と呼んでいます。
また、BCGがグローバルに実施した調査(2025年6月)によると、企業のAI活用はツールの「導入」から「プロセスの再構築」や「ビジネスの創出」へと徐々に進展しており、先進企業は後者に投資の80%を集中させている状況となっています。そして、AIの真の価値を引き出すためには、表面的な効率化ではなく中核事業の抜本的変革へリソースを集中すべきであるとしています。
これらの調査レポートが示唆しているのは、事業成果の創出のためには、単にツールを導入して使い方やプロンプトの基礎を教えるだけでは不十分で、コア業務の変革やAIを活用した新事業の検討といった「実務への落とし込み」が必要であるということです。
それでは、研修やワークショップから一足飛びに実務への落とし込みを進めることはできるのでしょうか。少し飛躍しますが、私個人としては、研修やワークショップから「実務への落とし込み」を行うまでの間には以下をはじめとして多くのハードルが存在すると考えています。
ハードルA:技術と業務の分断
現場は自分たちの業務に詳しい一方、AIの技術的可能性や限界を知らないことが多いです。逆に事務局(IT部門等)は技術に詳しい一方、現場のリアルな業務や課題感を詳細には知りません。そのため、両者の知見をうまく掛け合わせられないと、研修で出たアイデアが「実現可能で実用的なものか」をジャッジできず、机上の空論になりがちです。
ハードルB:通常業務の引力
ワークショップの場で良いアイデアが出て盛り上がっても、「いつまでに・誰が・何をやるか」が決まっていなければ、翌日からの忙しい通常業務(引力)に引き戻され、熱量がリセットされてしまいます。
ハードルC:組織課題としての合意形成
仮に現場から「この業務が楽になる」というアイデアが出ても、「それでどれくらいコストが下がるのか?事業にどう貢献するのか?」が分からないと、マネジメントはPoC(概念実証)の投資判断を下せません。熱量を持って進める方がいない限り、現場が業務として検討を進めることは難しくなります。
これらのハードルを研修やワークショップの時間内に全てクリアすることはほぼ不可能でしょう。また「実務への落とし込み」のためには、研修のように熱量の異なる多くのメンバーを集める場の設定だけではなく、プロジェクトとしてリソースを投入して推進する必要があるはずです。
一方、だからと言って研修やワークショップが完全に無駄というわけではなく、限られた時間内でも、設計上の工夫により、少しでもこれらのハードルを乗り越えることに寄与できると考えています。

Insight Edge流:研修を「実践と共創の場」に変える3つのアプローチ
私たちInsight Edgeでは、研修やワークショップを単なる「勉強やアイデア出しの場」ではなく、その場で業務変革・成果創出への第一歩を踏み出す「実践と共創の場」であると認識しています。
前述の「3つのハードル」を超えるために、過去のプロジェクトで実際に実践した具体的な3つのアプローチをご紹介します。
アプローチ①:エンジニア参加による技術的実現性の担保と高速プロトタイピング
通常のワークショップでは、現場のメンバーだけでアイデアを発散させるため、「夢物語」か「無難すぎる案」になってしまう可能性がある点が課題でした(ハードルA)。
そこでInsight Edgeが過去に関わったケースでは、最前線で活躍するエンジニアが一参加者としてワークする形でのワークショップを実施しました。「現在のAIならここまでできる」と技術的な裏付けを行いながら参加者の方とアイデア出しを行い、有力なアイデアが出たその場で、簡易的なプロトタイプをAIにより高速で構築します。「それって、こういう画面でこう出力されるイメージですか?」と目の前でイメージを提示することで、現場の熱量は一気に上がり、「これなら使える!」という強烈な当事者意識と腹落ち感が生まれます。
アプローチ②:「はじめの一歩」の検討による確実なネクストアクション遂行
ワークショップ内で良いアイデアが出たとしても、アクションが決まっていないと「良いアイデアが出たね」で終わってしまう可能性があります(ハードルB)。
それに対して過去のケースでは、ワークショップのアウトプットの一つとして「最小限のコストで行う、翌日からの最初の検証ステップ(はじめの一歩)」を作成しました。期間や金額といった条件をすり合わせた上で、「生成AIツールを用いて手元で検証してみる」「想定ユーザとミーティングを設定してヒアリングを実施する」という具体的なアクションをその場で検討することで「やりっぱなし」を物理的に防ぎます。
アプローチ③:「プレゼンシート」の作成による組織内合意形成のサポート
アクションを決めるだけではなく、組織の課題として認識した上で取り組むことも重要です(ハードルC)。
当日のアウトプットとして、課題やポテンシャル、解決のための施策、期待効果などを社内プレゼン(稟議や上層部への報告)にそのまま使える形式で整理することで、その場限りになることを防ぎます。また、ワークショップの段階からプレゼンを意識することで、意思決定者の目線を取り込んだリアリティのあるアイデアにブラッシュアップされる効果も見込んでいます。

補足:デザインストラテジストによる「現場の課題感と事業成果の橋渡し」
実際には、短期間の研修を実施するだけでアイデアを実装し、実際の効果を出すのはほぼ不可能です。研修の次のステップとして、現場の現状業務を深く理解しそれがどのように変わるのかを整理したり、コンセプトを磨きステークホルダーやビジネスモデルを整理したりして、期待効果やROIを算定しなければ、マネジメントの投資判断は下りません。
Insight Edgeでは、コンサルタントやデザインストラテジストがIT部門や現場のメンバーと共に汗を流すことで、「この業務プロセスをAIで変革することがいかに事業全体の成果に直結するか」というストーリーを紡ぎ出します。
デザインストラテジストの具体的な役割や魅力については「総合商社DXでのデザイナーの役割と魅力」をご参照ください。
おわりに:AI定着は「ツール導入」ではなく「業務のアップデート」
AIを実務に定着させるために必要なのは、単に現場のやる気だけではなく、事務局、マネジメント、現場が一体となり「技術(エンジニアリング)」と「体験設計(デザイン)」の力を借りて、共に業務プロセスをアップデートしていく過程そのものであると考えています。
次はぜひ、その場で動くものを作る・やることまで決める・事業成果と繋げる「超実践型」のワークショップを企画してみてはいかがでしょうか。
なお、本稿の内容が「研修後の次の一手が見えない」「現場の実務にどう落とし込むか悩んでいる」というAI活用推進に携わる皆様の参考になりましたら幸いです。