はじめに
こんにちは。デザインストラテジストの松迫です。
「AIツールを導入したが、その後定着しない」——こんな経験はないでしょうか?
本記事では、行動科学に基づいた「ハビットデザインメソッド」を使って、 ツール定着の壁を乗り越える具体的な方法をお伝えします。
私は習慣化を促すUXデザインの研究や実践を通じて、この方法論を体系化し、 書籍『あのサービスはなぜ継続率が高いのか?』で紹介しています。
今回は、その内容から「社員のAI・デジタルツール利用の習慣化」というテーマに絞って、習慣化のメカニズムやそのコツをお伝えしていきたいと思います。
一度使い始めたツールも、習慣にならないと元に戻る
便利で効率化につながるAI/DXツールであったとしても、導入初期を過ぎると使われなくなってしまう現象はよく起きます。
このような現象が起きやすい大きな理由の一つは、 「古い習慣の力は非常に強く、気を抜くとすぐに元の行動パターンへ戻っていく」 という人間の特性です。
たとえば、
- ChatGPTを導入したが、結局検索はGoogle検索に戻る
- ナレッジ共有ツールを入れたが、口頭確認に戻る
- ToDo管理ツールを導入したが、入力をしない元の状態に戻る
といったケースです。
特にAIツールは、便利だけれど「なくても仕事はできる」Nice to haveツール(あればうれしいけど必須じゃないツール)になりやすい特徴があります。
基幹システムのようなMust haveツール(必須ツール)は、なければ仕事ができないので半強制的に使われます。
しかし、AIアシスタントや情報整理ツールなどが社員の中でNice to haveなものだという認識のままだと、なかなか利用が定着しません。
そのため、特に「なくても仕事はできる」ツールであるほど、“習慣になるまで支援をする設計”が必要なのです。
習慣になるまでは平均66日かかる
そもそも人の行動が習慣になるまでどのくらいかかるのでしょうか?
ロンドン大学のPhilippa Lally らによる研究(2009)では、人が行動を習慣化するまでには平均66日かかるとされています(内容によって定着までの日数にはばらつきがあります)。
これを念頭におくと、AIツール導入後にすぐに利用が定着するということはほぼなく、2ヶ月くらい利用を継続して初めて習慣になっていくということです。
そして、習慣化するまでは前述の通り、古い習慣の引力が働くので、元の行動に戻りやすい期間でもあります。
そのため、「1週間くらいは使ってたけど、そこから使わなくなっちゃったな」ということが誰にでも起きやすいのです。
だからこそ、この期間に、
- 繰り返し触れる
- 使うきっかけがある
- 面倒なく使える
- 小さな成功体験がある
というような、繰り返し使いやすい状態をつくれないと、習慣化の壁を超えられません。
習慣は、「〇〇したら□□する」という脳内の紐づきでできています。
習慣化した状態とは「〇〇したら□□する」という紐づいた行動が“自然に”行われる状態です。
そのため、約2ヶ月間の間に、「〇〇したら□□する」という紐付きを育てていく必要があるのです。
たとえば、
- 会議後 → AIで議事録整理
- 提案前 → AIで文章チェック
- 営業準備 → AIで仮説作成
のように、AIを使った行動を既存業務行動と結びつけていくことで、その行動が次第に脳の“デフォルト行動”になっていきます。
重要なのは、最初~約2ヶ月間の「便利だから使う」という意識的に使う状態を経て、ほぼ無意識的に「自然と使っている状態」をつくることです。
そうなると古い習慣が新しい習慣にアップデートされた状態になります。
35のハビットデザインメソッド
私は、習慣化を促すための具体的な方法を「35のハビットデザインメソッド」として体系化しています。

まず、習慣化しやすい体験を作るには
1. 準備
2. きっかけ
3. 行動
4. 報酬
というサイクルをつくることが重要です。
比較的習慣化しやすいシンプルな行動は必ずしもサイクルを全て網羅する必要はありませんが、習慣化の難易度の高い行動ほど、丁寧に各サイクルでサポートすると習慣化がしやすくなります。
ここでは、35個すべてをご紹介はできませんが、特に重要な15個のコアメソッドの概要をご紹介します。
「準備」
1.チェーンプランニング:「〇〇したら□□する」と既存習慣に新行動を紐づける
2.具体ゴールセッティング:目標を具体的に設定し、達成への行動を具体化する
3.簡単スタートセッティング:行動を始める手間を極限まで小さくする
「きっかけ」
7.欲求プラス:やる気が出る他の行動を、新行動の前や中にプラスする
8.クエスト&リワード:達成すべきクエストと報酬を用意し、継続意欲を高める
9.損失回避アクティベート:損したくない心理を刺激して、行動を促す
10.予約・約束セッティング:予約や約束をすることで確実な実行を促す
「行動」
18.超ミニマムゴール:絶対できるレベルの小さな行動をゴールにする
19.エブリデイハビット:毎日触れることで自然な習慣になることを促す
20.楽しさドリブン:楽しい体験でやる気をアップさせる
21.親切フォローアップ:親切なフォローで「親切に応えたい」気持ちを引き出す
「報酬」
27.簡単レコード:実施記録が簡単につけられて、実績が目に見えるようにする
28.すぐさまごほうび:行動直後にごほうびを与える
29.ほめちぎりモチベート:行動できたらほめちぎって、継続意欲を高める
30.ちょっとずつサクセス:小さい単位で成功体験を得られるようにする
習慣化しやすい体験をつくるには、これらのメソッドから、習慣にしたい新しい行動と相性がよさそうなものを選んで、施策やUXデザインに落とし込んでいきます。
習慣化の難易度の高そうな行動については、複数のメソッドを組み合わせてサイクルをできるだけ丁寧に回すようにするとよいです。
ポイントは、「やる気に頼らない」ことです。
やる気だけに頼ってしまうと、やる気が十分にない人は続かなくなってしまいます。
もちろんやる気を高めることも重要ですが、それ以上に「やる気に頼らずとも続けやすい仕組みをつくる」ことを意識して施策や設計を考えることが大切です。
能動ドライブと受動ドライブ
人の習慣化を促すハビットデザインの方向性には、大きく2種類あります。
それは「能動ドライブ」と「受動ドライブ」です。
35のハビットデザインメソッドも、明確に分類が難しいものもありますが、それぞれこのどちらかに分類されます。
能動ドライブ
その人の「やりたい」という気持ちを後押しして行動を促す方法です。
例:
- 達成したい
- 継続したい
- 成果を出したい
- 新しいAIを使いこなしたい
受動ドライブ
「やらなきゃいけない」状態をつくり行動を促す方法です。
例:
- AIを使わなければならないルールにする
- 上司への報告が必要
- AIを使わないと次工程に進めない
私のおすすめは、まずは「能動ドライブ」に該当するメソッドを検討して、それだけではなかなか定着させることが難しいと感じる場合は「受動ドライブ」のメソッドも活用するという順序です。
それは、「受動ドライブ」はある種の強制力を使うので、社員がストレスを感じることも起きやすく、できるだけその人の能動性を活かす「能動ドライブ」で習慣化できる方が理想的だからです。
とはいえ、能動ドライブだけではうまく定着しないということが仕事の現場ではよく起きるので、業務では、適切に受動ドライブを組み込むことも必要です。
最初はルールなどを設定して“半強制”でも、繰り返すことで自然な習慣へ変わっていきます。
社員の習慣化を促す2つのアプローチ
それでは、実際にハビットデザインを実装していく方法についてです。
方法として「開発を伴わない仕組み化」と「開発を伴う仕組み化」の2つのアプローチがあります。
① 開発を伴わない仕組み化
まずおすすめなのが、システム開発などをせず、すぐにできる仕組みづくりです。
既存のツールをうまく使ったり、ルールや仕掛けを導入するだけでも、習慣化しやすい体験をつくることが可能です。
たとえば:
- 週次会議で新しいAI活用事例を1分共有(厳密デッドライン)
- 「AIで調べてから質問する」ルール化(チェーンプランニングなど)
- 報告書に「AI推敲」の実施チェック欄をつける(約束・予約セッティング)
などです。
特に重要なのは、「使うタイミングを固定すること(チェーンプランニング)」です。
「好きな時に使ってください」は、実は習慣化しにくい設計です。
それよりも「会議前にAI議事録機能をONにする」、「顧客メール送付前にAIに文章チェックをしてもらう」など、具体的な用途と使うタイミングをおすすめし、そのタイミングで使うことを繰り返すことが習慣化への近道です。
② 開発を伴う仕組み化(UXデザイン)
次に重要なのが、UXレベルでの設計です。
こちらは、ツールの体験そのものに組み込めるため、より強力です。
自社でソフトウェアを開発する際や、クライアント企業向けに開発を行う場合などは、ぜひ習慣化しやすい体験を組み込みましょう。
たとえば:
- AIを使うまでのクリック数を極限まで減らす(簡単スタートセッティング)
- 連続記録機能をつける(損失回避アクティベート)
- AIの活用実績でレベルアップしていく(クエスト&リワード)
などです。
ソフトウェアのUXに組み込む場合は、本当にいろんな仕組みを取り入れることができます。
極限まで使い始める手間を小さくしたり、ごほうび要素を用意したり、使わないと損するような仕組みを取り入れたりと、いろんなアプローチが可能です。
35のメソッドをうまく組み合わせ、習慣化しやすい体験を丁寧につくり上げていくことができます。
「能動/受動ドライブ」と「開発を伴わない/伴う仕組み」を掛け合わせて4象限をつくると下図のようになります。

一番取り入れやすいおすすめは左上の「手軽で後押しする方法」ですが、より強力な方法にしたい場合は“右”に移動し、より丁寧なUXをつくりたい場合は“下”に移動していくイメージです。
具体的なハビットデザインアイデア
先ほど少しハビットデザインの施策例を紹介しましたが、より具体的にハビットデザインメソッドを使ってどんな施策やUXデザインが可能かの一例を紹介します。
これはほんの一例なので、「どんなことを習慣化してほしいか」に合わせて、皆さん自身でハビットデザインメソッドから施策やUXデザインのアイデア出しをして、実装していってください。
①「開発を伴わない仕組み化」でのアイデア例
1. よく使うブラウザアプリの隣りにAIアプリを配置
(能動ドライブ:簡単スタートセッティング)
AIを立ち上げるボタンが階層の深いところにあったり、すぐにクリックできない場所にあると、そもそも使うことが面倒になるため、いつも使うアプリの横など、使うことが自然に促される場所にAIアプリを配置するように促します。
2. “まずAIで調べる”という行動指針をつくる
(能動ドライブ:チェーンプランニング)
質問前に「(AIでわかることは)まずAIで調べる」を行動指針化することで、質問する前のAI活用の定着を促します。
3. AI活用目標の設定
(能動ドライブ:具体目標セッティング、受動ドライブ:だれかにコミットメント)
各個人がAI活用目標を設定し、上司への進捗・達成の共有をルール化すると、取るべき具体的な行動が明確になり行動に移りやすくなります。
4. AI議事録の自動ON設定
(能動ドライブ:簡単スタートセッティング)
オンライン会議ツールの設定で、デフォルトでAIが議事録を取る設定がある場合はONにしておくと、自動的にAIで議事録を取るようにできます。
5. AIの業務削減効果を共有
(能動ドライブ:損失回避アクティベート)
「○○の用途にAIを活用すると、平均30%の業務時間削減効果があります」というように、具体的な用途での定量効果を見せることで、“使わない”ことの損失を意識させて、利用を促します。
②「開発を伴う仕組み化(UXデザイン)」でのアイデア例
1. AIを業務フローの中に埋め込む
(能動ドライブ:簡単スタートセッティング)
別アプリではなく、既存業務で使うソフトウェアの中にAIを統合することで利用率が上がります。ただAIボタンをつけるだけでは不十分で、利用者のソフトウェア上の業務動線を意識して、パッと使いやすい場所に配置することが重要です。
2. AIでの業務削減効果の参考値が毎回表示される
(能動ドライブ:すぐさまごほうび)
AIを使ってもどれだけ業務効率が上がったかなどがわかりにくいと、脳が報酬を受け取れません。AIを使うたびに、すぐにその行動でどれだけ業務削減効果に繋がったかの参考値を表示することで、報酬になり「効率化したならまた使おう」というモチベーションにも繋がります。
3. 利用記録を可視化する
(能動ドライブ:簡単レコード)
連続利用日数や毎日の利用状況を表示すると、自身の利用実績が見えること自体がごほうびになり「使い続けたい心理」が働きます。これは学習アプリなどでもよく使われる強力な手法です。
4. AI使おうリマインドメール
(受動ドライブ:親切フォローアップ)
毎月の請求書を作成する時期が来たら、「AIで請求書を作成しよう」というフォローメールとワンクリックで請求書作成画面に飛べる仕組みをつくります。
これまでの手動の方法でつい作ってしまうことを防ぎ、自然にAIでつくる流れを生みます。
5. ベタ褒めしてくれるキャラ設定
(能動ドライブ:ほめちぎりモチベート)
AIを使う体験の中にほめられる要素がないと、気分よく使ってもらえません。
効率化だけでなく、しっかり使っている中でベタ褒めしてくれるキャラを用意することで、よりAIを使うことにごほうび要素を感じて、使いたい気持ちを高めます。
手軽で効果の高い方法から始めよう
AI/DX定着で大切なのは、いきなり大きなことをしようとするより、小さなやりやすいことから始めることです。
ハビットデザインメソッドを使った「開発を伴わない仕組み化」からまず始めることをおすすめします。
- AIを使うタイミングを決める(〇〇したらAIを使う)
- 毎日1回使うだけで成功とする
- 5分だけAIを使ってみる時間をつくる
- ごほうび要素を用意する
- 小さなルールを決める
といった、すぐできる工夫からでOKです。
社員(自社/クライアント先)に対して、こういう小さな施策から取り組んでもらい、そこから施策やUXデザインを拡大していくとよいでしょう。
まずは自分自身が、うまく継続して使えてなかったツールを、小さな仕組みを取り入れて継続するところから始めてもよいかもしれません。
注意点としては、「ハビットデザインメソッド」は定着のための万能アイテムというわけではありません。
そもそも、AIツールであれば、AIを使う価値をしっかり伝えることが重要ですし、どういうユースケース(用途)があるのかを伝えることも重要です。
また、カスタマーサクセスの領域ですが、そのツールを迷いなく使い始めることができるようにオンボーディングを丁寧に行うことや、細かい使い方のTipsをシェアすることも大切です。
こういった基本的な取り組みに、ハビットデザインを取り入れると、より自然に行動を定着させていくことができます。
また、ハビットデザインメソッドを使った施策やUXを考える時は、実験や検証をしながら、効果を確かめながら適切に体験を調整したり、場合によっては別のメソッドを使った施策を追加したり、入れ替えたりすることも重要です。
この施策は有効そうだと仮説を立てても、うまくいかないことはもちろん起きえます。大切なことは、科学に基づく習慣化のメソッドを拠り所にして、試行錯誤してよい方法を探っていくプロセス自体です。
アイデアは一人で考えてももちろんよいですが、複数人が集まってブレストして、いいアイデアをピックアップしていくと幅広い施策を考えられます。
AI時代に重要なのは、「便利で高機能なツールを導入すること」に加えて「社員が自然と使い続ける状態をつくること」です。
特にNice to haveなツールには、その視点は必須といってもよいでしょう。
ぜひ、社員のAI/DX活用を習慣化の視点から何かできることはないかと検討し、習慣化を促す施策やUX設計を考えてみてください。